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ヴィクトリヤ・トーカレワ「日本の傘」

作者

ヴィクトリヤ・トーカレワ Токарева, Виктория Самойловна

1937年レニングラード生まれ。レニングラード国立音楽大学卒業後、モスクワで音楽教師として働きつつ執筆を始める。その後入学した全ソ国立映画学校在学中の1964年に短編「嘘のない一日」を発表し作家デビュー。短編以外にテレビや映画のシナリオも手掛け、映画『ミミノ』は1978年モスクワ国際映画祭にて金賞を受賞。

 

確認できたところでは翻訳は以下の2作品。

「ああ、靄がたちこめた」宮沢俊一訳,『現代ソビエト短編集 1960-1970年代』宮沢俊一訳,プログレス出版社, 1974, 278-294頁

「重心」沼野恭子訳,『魔女たちの饗宴 現代ロシア女性作家選』, 沼野恭子訳, 新潮社, 1998, 7-32頁

 

このほか沼野恭子の手になる作品紹介が北海道大学スラブ研究センターのサイトで読める。(http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/literature/tokareva.html)

 

あらすじ

ある日道端で行列を目にした「私」。なにを売っているのかも確認せず並び始めた彼は、前後に並んでいる人たちが上等な皮のコートを着ているのに自分だけがぼろぼろのラチネ織のコートを着ていることを内心情けなく思い、なにを買う行列なのか尋ねてきた後ろの女性が自分と会話してくれないのもそのせいだと思い込む。やがてその行列が日本製の傘を求める人々のものだと分かるが、そのとき「私」はロシア製の傘を差した日本人女性を目にする。なぜ日本の傘ではなくロシアの傘を差しているのかと主人公が訊ねると、日本人女性は日本の傘はロシアの気候に適していないからだと答える。主人公は傘を買うかどうか迷うが、結局は1本購入しその場で広げる。すると彼はとたんに宙に舞いあがりぐんぐん上昇していく。やがて9階建ての建物のてっぺんに辿りついた主人公はそこから先ほどの行列を見下ろす。するとそれは人間が物を買う行列ではなく、物が人間を買う行列へと変貌している。その行列の中に自分の古びたコートを認めた主人公は、アフリカへと向かう渡り鳥の誘いを断って、愛着のあるコートに「買われる」ため地上へと舞い戻っていく。

 

解釈

「日本の傘」は商店に並ぶ人々の行列という典型的なソ連の風景のスケッチから始まる。主人公の男性は、若さを失いつつある自分の人生を悲観し、みすぼらしいコートを着ていることに卑屈な感情をいだく小市民である。彼は「これほど大勢の人間が一度に間違うこともないだろう」というなんとも消極的な理由から、何を買うための列かも分からぬまま行列に並び続ける。

 

ソ連の現実に対する諧謔や壮年男性の煩悶といった憂鬱なテーマを乗せた物語に唐突にひとりの日本人女性が闖入する。ゴーゴリ『外套』においてアカーキー・アカーキエヴィチの横を稲妻のように走り抜ける娼婦のように、この日本人女性は平凡なリアリズムに細かな亀裂を生ぜしめ、現実の向こうの軽やかな幻想へと主人公を呼び招く。

 

 「モード」(消費主義の悪夢が共産圏にも!)ではあるが実用性のない日本製の傘は、トーカレワ作品における「精神の浄化のシンボル、何か肯定的なもののシンボル」(沼野恭子)であるところの「空」へと主人公を連れ去る。しかしここで重要なのは、主人公が不浄な地上世界から空へと消えてしまうのではなく(彼は渡り鳥の誘いに乗ってアフリカに行くこともできた)自らの意思であえて地上へと帰還するという点である。「空」よりは「地上」を(そういえばゴーゴリ狂人日記』の主人公の病みきった精神は最後、空へと駆け上っていくのだった)、あたたかな «дубленка» よりは擦り切れた «ратиновое пальто» を、見知らぬアフリカよりは見慣れたソ連を、要するに「幻想」よりは「現実」を愛し、主体的に選びとった主人公(傘を買うときの彼は最後まで受身であったことを想起せよ)には、豪奢な毛皮外套を追い求めた結果非業の死を遂げたアカーキーのそれとは違った、ささやかな幸せの人生が約束されているのではなかろうか。