『イングロリアス・バスターズ』という映画を見ました。

このところマメに映画を見ているのは、近所のツタヤでDVDレンタル100円(しかも貸出期間がいつのまにか10日になってる)だったのと、7月から見るアニメがなくって口寂しいからである。これを機会に映画でも見るかと、いそいそと数本借りこんではきたものの、僕は集中力がないので真っ暗な部屋で2時間も3時間も能動的に贅沢な時間を過ごすのには慣れない。ほんとは深夜アニメでラブコメと純愛物だけ1日30分くらいの割合で定期的に摂取していられればそれで世話なしなのだが、世の中そうそう思うとおりに事は運ばない。『からかい上手の高木さん』をアニメ化してくれないだろうか。

 

昨日は『イングロリアス・バスターズ』を見る。ピット、やってやったな!という感じのスカッとする映画であった。ブラッド・ピットって実はあんまりまじまじと眺めたことがなくて、『ファイトクラブ』はかっこよかったな、くらいのものなのだが、本作でもやはりなかなかかっこよかった。

 

なんでこれを見ようと思ったかというと、先日読んで気に入ったこの本で1章割いて紹介されていたからだ。ただ、いま読み返してみたらあらすじが地味に違う。まあいいや。

 

はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

 

 

『はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言』。著者は日本のアナーキズム、とくに大杉栄の研究で出てきたバリバリのアカデミズムの世界の人だが、アナーキズム!という強い言葉とは裏腹に、ずいぶん情けない、と言ったら失礼だけど、気の抜けた、と言っても失礼だけど、ふんわりした(これだ)生き方をしている。早稲田で博士号取得後30過ぎで実家暮らし、年金支払いは親の負担、非常勤講師で食いつな、げていないから婚活してみたりバイトしてみたり。昨今話題(?)のいわゆるポスドク。しかしよく考えたら、めちゃくちゃ真面目で堅実な人生を歩む人にアナーキズムを説かれてもイマイチ説得力に欠けるわけで、これくらいでちょうどいい気がする。

 

さて、この栗原さんというかた、めっぽう文章がうまい。と言ってもレトリックが卓抜で詩的とかそういうことではなく、スノッブな感じがまったくない笑えるエッセイとしてあまり頭を使わずに読めるのに、読み終わってみると著者の考えるアナーキズムの骨子についていろいろと勉強になっている、という代物である。惜しげもなく開陳され続ける著者自身のダメダメエピソードとあいまって、良い意味で学者らしくない書きぶり。

 

やたらと合コンに行きたがるとか、合間合間に雑な放射能観をはさむとか、彼の思想信条人となりに全面的に共感できるわけでもないのだが、まあそれはどんな本のどんな著者だって同じことで、そういうの全部ひっくるめ、無政府主義的無責任を社会中にまき散らして現代日本をハックしようとしている感じがとても面白い。いま日本に必要な人物とはジョブスとかザッカーバーグではなくこういう人なのではないかと思ってしまう。いや、けっこう本気で。

 

そもそも帯からしてふるってる。「結婚や消費で自己実現?ウソだ!豚小屋に火を放て!」。ウソだ!から、豚小屋に火を放て!への論理展開が完全に僕の理解の埒外で、何度見ても笑ってしまう。

 

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だからってまあ実はこれ、そんなにふざけた話でもなくて、1923年の甘粕事件で大杉栄とともに憲兵隊に殺された(ひどい話だ)アナーキスト伊藤野枝を扱った章の題名である。「豚小屋に火を放て――伊藤野枝の矛盾恋愛論」。豚小屋もすごいが矛盾恋愛もすごい。不倫万歳、家制度くそくらえの伊藤野枝の思想が、著者のゆるゆるリズミカルな文体(やたらひらがなにひらく)にドライブされて迫力を持って迫ってくる。「家」なんて字はそもそも豚を囲う小屋をかたどったものなんだ、ふざけんな、火ぃつけろ、そこから逃げ出せ!というメッセージはなんとなくではあるが、浅田彰の「逃走」とか上野千鶴子の「亡命」とかいう発想から地続きであるような気もする。

 

本書をケタケタ笑って読んでいてはたと気づいたのは、僕が日々ただひたすらラブコメとか純愛物のアニメ・漫画を欲するのって、要は無私の恋愛感情に突き動かされてめちゃくちゃになってる人間を見るのが心地よく、自分もかくありたい!と願うからではないだろうか、ということで、そうなると僕の趣味もずいぶんアナーキーじゃないですかね。そういうことにしておいてほしい。「責任」なんて言葉は、湯浅比呂美や谷川柑菜や比良平ちさきの恋の旋風を前にしたら、一握りの灰ほどの価値もない。海に撒かれて仕舞いである。そう考えると、東城綾はもっと捨て身の恋愛を決行せねばならなかった。